上申書
平成20年5月7日
「酒の提供を行った」=「人が死ぬわけではない」について
検事の言う、「酒類の提供をしたからと人が死ぬわけではない」との発言は確かです。ただしそれは一般的にお酒を楽しむことが前提で、その発言ですと検事はある種、飲酒運転を認めているものと反論せざるを得ません。
本件は、酒の提供だけではなく、外まで見送りを行い、飲酒運転を黙認したというものです。被告の行為が飲酒運転幇助であり、私共はその被害者です。
解釈を変えれば、大久保は酒を提供した、運転手・玉川は酒という娯楽の提供を受けただけという関係になり、『酒の提供=人が死ぬわけではない』のであれば、被告大久保と運転手・玉川との利害関係も存在しないもではないでしょうか。
酒の提供=人が死ぬわけではないつまり飲酒運転=事故を必ず起こすわけではないという社会理念上大きな問題をなる方程式が出来上がるのではないでしょうか。
「酒を提供したから、人が死ぬわけではない」という考えは『飲酒運転させない、しない事』が条件の一般論であり、本件が飲酒運転に密着していたことは事実なのですから、私共と被と利害関係が認められないとする事に強く反論いたします。
本件においては「酒の提供をしたから、人が死んだ」のです.
本件裁判における被害当事者の参加の意味
酒類を提供するものは、責任を持って酒を提供しなければなりません。
『社会的利益』つまり交通事故をなくす、飲酒運転をなくすためです。社会的利益を犯したため本件裁判が行われるのですが、社会的利益を犯した末人命が奪われている事実が結果としてあるのです。
酒を提供し、飲酒運転を黙認した安易な行動、考えが取り返しの付かない大きな結果を招いたことを、強く述べる権利があると主張します。
さらに以前より多少の厳罰化があったものの、まだまだ道路交通法自体の刑罰は非常に軽いものです。『車を運転するものに酒類を提供する』と言うことが、どれだけ悲惨な結果を導くのか、私共はどうしても被告自身に法廷で伝えたいと強く思っています。被害者の声を直に届けることこそ、本件裁判に大きな意味があると思います。
意見陳述(証人尋問)に対して
3者の合意が必要であれば、3者の合意の有無を問うべく申請していただきたく思います。検察は被害者からの要望があれば裁判所に通達する義務があるのにもかかわらず、行使する前に、検察庁の独断で判断を決定することは法に反する事態です。
この裁判は、今後の判例となっていく裁判だと認識しています、その裁判において検察庁が飲酒運転の黙認による4名の死傷事件家族を部外者と位置づけている事実、意見陳述の申出の通達すら裁判所に対して行わないなど悪しき事例を作り上げようとしています。
検事は犯罪事実の立証と共に、犯罪被害者遺族に対しても誠心誠意尽くすべきです。検察庁や検事が、意見陳述を阻止することは認められず、検事が裁判所に対し通告し、裁判所から私共に対し正式な返答が来るべきであると考えます。つまり、検察庁や検事が独断で犯罪被害者の権利の行使の有無を決めてしまうことには大きな問題があり、今後、刑事裁判への被害者参加は行われるにあたっても検察官の許可が必要とされる被害者に対しての信用問題にも発展します。なにより被害者の声を検察庁内で勝手にもみ消してしまうことは許されない事だと思います。
したがって、再度本件への裁判参加と意見陳述または証人尋問の請求をいたします。
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