これまでの報道




2003/09/01
北海道新聞夕刊全道

トラックと衝突 女子中学生死亡
自転車で通学途中  南幌

 【南幌】一日午前七時十五分ごろ、空知管内南幌町南一三線西四の道道交差点で、自転車に乗っていた
同住所、中学三年生白倉美紗さん(14)が、北広島市西の里一、運転手荒川周一さん(43)のトラックにはねられ、頭などを強く打ち間もなく死亡した。
 栗山署によると、現場は信号機のない交差点。同署は自転車とトラックが
出合い頭にぶつかったとみて調べている。白倉さんは通学途中だった。





2004/09/03
北海道新聞朝刊地方

命の大切さ考えて
生徒事故死から1年
南幌中で集会


 
【南幌】南幌中三年だった白倉美紗さんが昨年九月、自転車で通学途中にトラックにひかれ死亡して一年がたち、
同中は一日、白倉さんを悼んで「命を大切にする全校集会」を開いた。
 町内では今年一月に南幌小六年の女子、六月には同小二年の男子が交通事故の犠牲になり、
この一年間に小中学生三人が尊い命を落としている。
 山田恭久校長は集会で「自分の命は自分で守らなくてはならない。集会を機に命の大切さを考えてほしい」と、
生徒約四百人に語りかけた。
 渡辺晴佳生徒会長は「一度失われた命は二度と戻らない。
一人ひとりが命を大切にして精いっぱい生きることが自分たちの使命です」と訴えた。
最後に、各学級代表者十二人が交通安全宣言文を読み上げ、事故撲滅への決意を新たにした。
(荒木太郎)
 
【写真説明】交通事故の悲惨さをあらためて胸に刻んだ集会



2004/03/13
北海道新聞朝刊地方

昨年9月 交通事故で亡くなった中学3年生美紗さん 
君を忘れない
南幌中卒業式で名前呼び黙とう
父母席に両親 涙こらえきれず
 

 【南幌】南幌中で十二日、三年生百七十一人を送る卒業式が行われた。
卒業証書の授与で、一人ずつ呼ばれる卒業生の中に、
交通事故で亡くなった白倉美紗さん=当時(14)=の名前があった。
悲惨な事故を風化させまいとする学校側の配慮だった。(鈴木隆仁)

 事故は、昨年九月一日午前七時すぎ、美紗さんの自宅すぐそばの道道交差点で起きた。
早出しようと自転車で道路を横断中、トラックにはねられ、死亡した。

 この事故後、同校は「僕たちは事故の悲惨さ、白倉さんの命日を、忘れてはいけない」(沢田忠治校長)と誓い、
月命日の毎月一日を交通安全の日とし、朝のホームルームで事故に注意するよう指導を続けている。

 この日の卒業式も、最初に「当時三年生だった白倉美紗さんの追悼のため、
黙とうをあげます」という呼びかけで、全員が黙とうをささげた。

 この後、A組から順に壇上に上がり、一人ずつ卒業証書を受け取った。
名前を呼ばれ、「はい」と応える卒業生。最後のE組、美紗さんの名前も呼ばれたが、
続く一瞬の静寂に、父母席で立ったまま式典を見守っていた
美紗さんの父博幸さん(32)と母の裕美子さん(34)も涙をこらえきれなかった。
式の途中で退席し、博幸さんは「(学校の配慮は)ありがたいことです。
でも、卒業させてあげたかった」と声を振り絞っていた。

 この事故後、博幸さんらは事故の真相を知ろうと、警察とは別に独自に調べている。
「(美紗さんが)道路に飛び出した」という責める声を耳にしたためだ。
学校にとっても遺族にとっても、事故はまだ終わっていない。

【写真説明】亡くなる2日前の白倉美紗さん【写真説明】亡くなった白倉美紗さんに黙とうをささげる卒業生ら



2005/02/15
「北海道新聞」

捜査、遺族に開示を
娘事故死 南幌の白倉さん

真実求め運動
検事長にも手紙


 
北海道交通事故被害者の会が十四日、札幌高検などに提出した要請文は「当事者でありながら、
真実を知ることができず、二重三重の苦しみを余儀なくされる」と指摘している。
2001~2003年に発生した事故で、同会が交通事故捜査のあり方に問題があるなどとした例は十四件ある。
03年に空知管内南幌町であった白倉美紗さん=当時(14)=の死亡事故もその一つだ。
遺族は、捜査の不手際をなかなか認めようとしない捜査機関に苦しみ続けた。

 03年9月1日午前七時すぎ。美紗さんは、自宅近くの道道交差点を自転車で横断した。
道路の制限速度は五十キロで、数キロ先も見通せる直線。そこで、運転手男性(44)のトラックと衝突した。即死だった。
 男性は両親に「美紗さんが飛び出し、ブレーキをかけたが間に合わなかった」と説明。
両親と栗山署とのやりとりを記録したテープなどによると、同署もこの主張に沿った形で調べを進めた。
 しかし、トラックは約三十五メートルのブレーキ痕を残し、対向車線の歩道を越えて交差点から路外に逸脱。
さらに勢い余って約十二メートル畑を突っ切り、電柱を折って停止していた。
両親は本当に美紗さんの飛び出しだったのか疑問を持ち、客観的で科学的な捜査を求め続けた。

 事故から二カ月後、両親の強い要望で行われた再実況見分では、
同署がトラックのブレーキ痕の一部を「無関係」と判断していたことや、
現場写真が十分に撮られていないことなどが分かった。
 調書や証拠などは遺族にもほとんど開示されず、捜査の行方に不安を持った両親は、
複数の専門家や医師らを頼り、独自の鑑定を進めた。
 その結果、トラックが事故直前に前を走る乗用車を追い越し、時速九十キロ前後で走行中、
車両挙動が不安定になったことなどにより対向車線に進入、
交差点を渡りきったか渡りきる寸前の美紗さんをはねた-と推測された。
 また美紗さんとトラックの衝突の仕方も、飛び出しや横断中ではあり得ないものだった。
関係者は「初動の不手際がその後の捜査をゆがめたのではないか」と指摘する。
 男性は○三年十二月、業務上過失致死の罪で書類送致され、近く起訴されるという。
しかし、事故がなぜ起き、誰にどんな過失があるとみているのか、詳細は両親も、分からない。
 十四日、両親は札幌高検検事長あての手紙をしたためた。
「私たちにとって一番重要なのは、真実を明らかにしていただきたいということなのです」。
両親は「美紗に何が起き、どういう最期だったのか知りたい」と願い続けている。



テレビ報道

03年10月22日
札幌テレビ(STV)   どさんこワイド212

(特集)
自転車の娘に過失はあったのか?交通事故で14年の短い命が・・・・・
    真実を教えて・・・両親が現場に足を運んで知った事実と捜査の溝


12月15日
STV   どさんこサンデー

(特集)
DS特集 追跡「交通事故~置き去りにされる遺族」


04年5月8日
北海道放送(HBC)  アンカー!

(特集)
なぜ娘は事故死した?時速77kmでトラックと衝突の瞬間に疑問が。


9月4日
HBC   アンカー!

(特集第2弾)
娘奪った、事故の真相・・・・・両親が追う死の瞬間


11月9日
テレビ北海道(TVH)   おばんでスタ!

(特集)
道内に『交通事故被害者の会』ができて5年。
     突然、交通事故で大切な人を失う・・・その喪失感に加え、
    事故の真相を知りたくても知れない苦しみ。現状リポート。


05年10月25日
北海道文化放送(UHB)   スーパーニュース

(特集)
2年前、空知管内南幌町で中学生がトラックにはねられる事故があった。
    両親は警察の捜査に疑問を抱き、自ら調査に乗り出した。
    しかし、そこには被害者の『知る権利』に立ちはだかる法の壁が・・・



2005年12月3日
「読売新聞 」

南幌の14歳死亡事故
元運転手の男を在宅起訴 札幌地検=北海道PDF へのリンク

両親“捜査”
悪質さ判明 
時速「70キロ以上」→「95キロ」

 2003年9月に北海道南幌町の道道交差点で、女子中学生がトラックにはねられ死亡した事故で、札幌地検岩見沢支部は2日、
トラックを運転していた北広島市西の里東1、元運転手荒川周一容疑者(45)を業務上過失致死罪で札幌地裁岩見沢支部に在宅起訴した。
 この事故では、被害者の両親が専門家に鑑定を依頼した結果、警察の当初の認定より、トラックがスピードを出していたことが判明したという。
 起訴状などによると、荒川容疑者は同年9月1日午前7時15分ごろ、南幌町南14線の道道で、
制限速度を大幅に上回る時速約95キロでトラックを交差点に進入させ、
自転車で登校途中の南幌中3年、白倉美紗さん(当時14歳)をはねて死亡させた。

 
「執念」1年半 
目撃者から話、病院に資料開示請求
「美紗は悪くない」知らせたかった

   
 娘を失ってから2年3か月。白倉美紗さんの両親は、いくつもの障害にぶつかりながらも真実を追い求めた。
運転手の起訴で、ようやく心に一つの区切りがついた。

 母裕美子さん(36)の元に事故の知らせが入ったのは、文化祭の準備で早く登校する美紗さんを送り出した直後だった。
現場は自宅の500メートル先。夫博幸さん(34)とともに、
現場に残る赤い靴とカバンを横目に病院に駆けつけたが、既に意識はなかった。
脳挫傷と外傷性ショック。額と口、あごに小さな傷があるだけの、
今にも目覚めそうな娘を前に、「助かるんでしょ」と医師に詰め寄った。

 両親によると、事故は当初、美紗さんの飛び出しも疑われた。民間調査会社に調査を依頼し、
目撃者や加害者から事故当時の話を聞き、病院や消防署にも関連資料の開示を求めた。
 約1年半の調査で、警察が「時速70キロ以上」としたトラックの速度は90キロを超えていたことや、
はねられた美紗さんは既に道を渡り終え、飛び出しではないことを突き止めた。
 検事の元にも通い詰め、「朝、行ってきますと言った子が、突然いなくなることを想像してみて」と泣いたこともあった。

 美紗さんは、英語が得意で留学が夢だった。
事故直前の夏休み、男性アイドルグループ「w―inds.(ウィンズ)」のコンサートに友人と大はしゃぎで出かけた。
帰ってくると、博幸さんに興奮気味にコンサートの様子を話したという。
家族は今年夏、美紗さんの写真を手にコンサートに出かけた。
「まだ早い」と入会を許さなかったファンクラブに、今は美紗さんの名前で会員登録している。

 生きていれば16歳。
両親は「美紗は悪くなかったと皆に知らせたくてここまでやって来た。
起訴は一つの区切り」と話している。
 
 写真=「美紗は悪くないということを知ってほしかった」と話す白倉さん夫妻
(北海道南幌町の自宅で